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犬といた日々:犬が来た(ホシ)

 息子が生まれ、娘が生まれ、二人とも小学生になり、犬を飼おうと皆で決めた。息子は小学5年、娘は3年になっていた。息子はずっと犬を飼いたいと言っていた。

「……一番ほしかったのはきしゅうけんの白のおすでした。ぼくが犬を買ったら、ほけんじょへいってきょう犬びょうのちゅうしゃをしてもらい、にわに犬ごやをつくってつないでおいて、おてとおすわりとマグニチュード六をおしえたいです。マグニチュード六はおしえられないと思います。できたら、テレビきょくによばれて、きしゃかいけんをされるでしょう。」 

 これは、小学2年の息子が誕生日のプレゼントのリクエストについて学級文集に載せた作文の1部である。「マグニチュード六」が何なのか、私にはまったくわからない。そんな言葉を息子から聞いたような気もするが、内容についての記憶はまったくない。
 とまれ、カワラヒワを飼ったのが唯一のイキモノ経験の妻とおばあちゃん(妻の母)の微妙な逡巡も、息子の作文から2年たったその頃には消えていたということなのである。

 地方新聞に個人発の情報案内のコーナーがあって、そこから「柴系の雑種の仔犬を譲りたい」という記事を見つけて、その家に連絡した。国道48号線(作並街道)、大崎八幡神社前で飼い主と待ち合わせということになった。
 私と息子と娘、3人揃って鳥居の前で待っていると、自家用車の後部座席に乗せられた2匹の仔犬がやって来た。1匹は茶と白のブチで、みんなで覗きこんでいるのに目も覚まさず寝込んでいるのであった。もう1匹は黒と白のブチで、起き上がって不安そうに私たちを見ている。
 こういうシチュエーションでは、ぐっすり寝ているほうが肝が据わっている良い性質の犬なのである。が、そうは思っても、眼を合わせてしまうと、あっさりと事は決まってしまうのであった。
 犬に関するつまらない知識はおくびにも出さず、「この犬にする?」と子供たちに聞くと、否も応もないのである。子供たちも眼を合わせてしまって、その眼を離せないでいたのだ。


ホシ-1
Photo A 初めて家に来た日のホシと息子。まだ少し緊張している。(昭和59(1984)年6月15日)

 こうして、黒と白のブチの仔犬が選ばれ、息子に抱かれて我が家にやってきたのである。日が長い季節であったが、すでに日は暮れかかっていた。大崎八幡神社から我が家までは、子供の足で30分近くかかる。子供たちととりとめもなく犬の話をしながらの道は、記憶の中でも最良の散歩の一つである。
この道で犬の名前が決まった。夕暮れ時で、息子は「イチバンボシ」が良いと言い、それでは長いから「ホシ」ではどうかと私が修正案を出し、娘がそれで良いと言って、黒と白のブチの仔犬はホシとなったのである。


ホシ-2
Photo B 少し緊張がとけて、おばあちゃんの側でくつろいでいる。(昭和59(1984)年6月15日)

 ホシは、最後の3年ほどは要介護犬としてその17年の生を生きて、平成12(2000)年8月3日に、前日に入院した動物病院で死んだ。8月1日に仕事で家を出た私が、リオデジャネイロの空港に降り立ったころである。それから2週間、ブラジルでホシの夢を何回か見たが、家には電話は掛けられなかった。
 ホシが死んだころには息子も娘を家を出ていて、家は妻と私、義母の3人だけになっていた。「もういい。もう十分。」 ホシの死を看取り、火葬から骨拾いまで一人でやった妻は、そう言うのである。
 私がやったことといえば、民芸店で小鹿田焼の小さな蓋付き壺を探しだし、紙袋に入っていたホシの骨を移し替えたことぐらいである。壺には入りきらず、残りは、ホシが犬小屋からいつも眺めていた庭のツバキの根元に撒いた。


 小舎が空っぽなのは
 犬が出かけているということ
 犬小舎の中に植木鉢が置いてあるのは
 犬が死んだということです。

         高橋順子「死んだ時計 5」[1]

[1] 高橋順子「詩集 普通の女」『高橋順子詩集成』(書肆山田 1996年) p. 260。

(2011年5月25日に書いてホームページに掲載していたものをホームページを閉じるにあたり、転載しました)。


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小野寺秀也

Author:小野寺秀也
山歩き、アユ釣り、ヤマメ釣り、山菜採り、茸狩り、花いじり、読書、美術館巡り、街歩き、などが趣味。加えて、犬と遊ぶこと、ぼんやりしているのも趣味の一つです。最近は、原発事故による放射能汚染で魚、山菜、茸は諦めています。

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