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イオのアルバムから:「激しく、短く(イオの恋)」

【この記事は5年前に別のブログに投稿したものの再掲です】


   呼吸(いき)合はせ歩きゐるなり人と犬犬たちは皆尻尾をあげて
                        河野裕子 [1]

 イオが2才から3才になる頃、「サブちゃん」という同い年の牡犬、「コロ」という牡の老犬に朝の散歩で出会うようになった。仙台城址近くの民家から離れたている広場に、3方向から集まるように、その広場をそれぞれの散歩コースに組み込んでいた。

 コロは飼い主も含め、「コロ」と呼んだり「コロちゃん」と呼んだりするのでコロという名前だと知れたが、サブちゃんは誰もが「サブちゃん」と呼ぶので、「サブ」、「サブ××」なのか、「サブちゃん」そのものが名前なのか、じつは今でも分からないのである。

 コロは泰然自若としているやや大型の柴犬で、大人というものはこういうものだということを振る舞いで示しているような犬だった。サブちゃんとイオは、出会えばはしゃぎ回るような挨拶をするのだが、コロは鼻面をちょっと近づけておしまいである。


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ロのお父さんにおねだり(遠慮して前肢を触れないように)。 (2003/8/23)

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サブちゃんのお母さんにお愛想。 (2003/9/4)


 コロよりずっと若いサブちゃんとイオは大はしゃぎでじゃれ合っている。しばらくは追いかけっこをし、時々は山の端の藪に2匹で突っ込んでいく。コロはしばらく静かに2匹を眺めてから先に引き上げていく。

 2匹の藪遊びは、ある程度の時間がたてば終わるのだが、時にはイオだけが帰ってくることがある。サブちゃんは藪中の遊びが好きなようで、お母さんが呼んでも出てこないことがあった。お母さんが怒ってしまって、先に自宅に戻ってしまったことは1度だけではない。その広場からは山裾伝いに自宅に戻れるので、お母さんは心配していないようなのだ。


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激しく絡み合って。 (2003/10/19) 

    朝光を走る磨かれた凡な犬 
              金子兜太 [2]

  サブちゃんとイオの遊びは、全力疾走しながら絡み合い、転げ回り、また全力疾走なのである。サブちゃんと出会って挨拶を交わしているうちに、イオに突然スイッチが入って駆け出すのが合図のように遊びが始まる。
  遊びのきっかけはイオが作り、遊びが始まればサブちゃんが遊び場を決めているようで、結局は藪遊びに誘われるのだった。


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元旦に出会って、行儀良く待つ。 (2004/1/1) 

 イオはとにかくサブちゃんに夢中だったのである。サブちゃんはといえば、激しい遊びにもつきあってくれるが、藪の中へイオを引き連れて入って行ったあと、イオが飼い主を気遣って藪から戻ってきても平気で一人遊びをしているらしかった。もしかすると、遊ぶのが好きなだけでイオには淡々としていたのかも知れない。
 それでも私としては、あれはイオの恋だったと思いたいのである。あの切実な表情はそんなに見られる訳ではなかったのだ。

 サブちゃんの自宅は、太平洋戦争後に仙台空襲の被災者や外地からの引き揚げ者のための住宅地として仙台市の公有地である仙台城址の麓に造られた住宅街である。戦後、50年ほど過ぎてから公園用地とするために市が立ち退きを迫っていて、ぽつぽつと引っ越しが始まっていた。サブちゃんの家でも近いうちに引っ越すのだと聞いていた。

 出会いから1年ほど過ぎて、しばらく会えなくなった。サブちゃんのお母さんも仕事を持っていて、たぶん散歩の時間帯が変わったのだろう。久しぶりに出会ったのは、ある年の元旦である。まずは、お年玉だよと言って、サブちゃんのお母さんがおやつを振る舞う (写真) 。
 それから近くの広場に移動して、いつものように遊ぶ。ところが、絡み合って遊んでいるうちに異様に興奮したイオは、全力疾走したままサブちゃんに体当たりをしてしまった。当然のように強打したサブちゃんは甲高い悲鳴を上げて逃げてしまった。それっきりイオに近づこうとしない。恐れをなしてしまったのだ。

 2、3日後にまた会ったが、サブちゃんはイオから微妙に距離をとっている。イオは不満そうに鼻を鳴らすのだが、じゃれ合って遊ぶ様子はさらさら見せない。イオの暴力遊戯がトラウマになって、イオはふられてしまったらしいのだ。

 いつか元に戻るでしょうね、などとサブちゃんのお母さんと笑いながら話していたのだったが、激突事件から3週間ほどでサブちゃんは引っ越して行ってしまった。

  突然のお別れで、イオの恋は終ったのである。

     おもひ栄え大暑無言の別れかな
                   佐藤鬼房 [3]
    

[1] 河野裕子「季(とき)の栞 河野裕子歌集」(雁書館 2004年)p. 157。
[2]「金子兜太集 第一巻」(筑摩書房 平成14年)p. 147。
[3]「現代俳人文庫10 佐藤鬼房句集」(砂子屋書房 1999年)p. 70。




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イオのアルバムから:「恋はまだまだずっと先」

【この記事は6年前に別のブログに投稿したものの再掲です】


   透きとほる扉の向う詩を愛する犬たちがゐる夏のしづけさ
                          水原紫苑 [1]

 イオは牝犬である。生後6ヶ月くらい、初潮の頃に避妊手術をしたが、それでも正しく女である。女として生まれでて、つまり生物学的な性は女で、ボーヴォワールではないけれども、成長しつつジェンダーとしての女に育ち、そしてそのセクシュアリティはヘテロである。
 したがって、当然のことながら、イオは牡犬に恋をするのである。

 じつのところ、イオの初恋はどれなのか判断する根拠はない。人間よりは行動パターンは読みやすいような気はするものの、「淡い初恋」などということになったら、分かりようがない。考えてみれば、自分の初恋がどれで、どんなふうだったのか、それすら判然としていない私が考えるのだから、あいまいなこと極まりない。

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恋どころか、まだ赤ちゃん(生後3か月)。新聞を囓り散らし、次はお気に入りの人形。 (2000/12/2) 


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人形に飽きて、ブラシの柄。 (2000/12/18)


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浴室から盗んできた湯桶(翌日、新品購入)。(2001/1/1)


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1mのただの木の棒(これが1番の気に入り)。 (2000/12/3)


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ワインだって囓るのだ。 (2000/12/9)


 イオの最初の異性との出会いは、シーズーの「マーくん」である。生後4ヶ月くらいで出会って、すぐにイオの方の体が大きくなったのだが、マーくんはいつも兄貴ぶって威張っていた。マーくんの後をついてまわっていたのは確かだが、初恋とは程遠かったのではなかろうか。それは、どちらかと言えば、成犬になるにしたがってシーズー嫌いになるような、なにか複雑な気持ちで付き従っていたようなのであった [2]。

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まだテーブルのうえには届かない。1ヶ月後にはほぼ制覇。(2000/12/2)


 同じ頃、たまにしか遭えなかったが、「ラッキー」という元気な牡犬がいた。成長した後のイオと同じ位の体格で、似たような毛並みをした雑種犬である。

 隻腕の飼い主と公園にやってくるラッキーは、もちろんリードに繋がれているのだが、まだ薄闇の「かわたれどき」に出会ったときには、ラッキーは広い公園を隅々まで走り回っているのであった。飼い主さんは、どうもラッキーを自由に走り回らせるために、誰もいない時間帯に出かけて来るらしいのである。

 職場の飲み会があって帰りの遅くなった私が、帰宅しようと夜中の一時半くらいに公園を横切ると、三人の人影のまわりを走り回るラッキーがいた。一人は飼い主さんで、もう一人は仕事帰りの中華飯店の若い経営者、もう一人はその公園を「ホーム」にしているホームレスの一人であった。その三人に酔っ払いの私が加わって、ラッキーと一緒に遊ぶ、そんなこともあった。


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炬燵の周りでの寝姿。長々と (2000/12/20)。


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炬燵の周りでの寝姿。大股開きで (2001/1/31)。


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炬燵の周りでの寝姿。膝の上、両方とも熟睡 (2000/12/4)


 時間帯を狙い澄まして現れては公園を駆け回るラッキーに出会うことができたときには、イオは必死になってその後を追いかけるのである。ラッキーは、けっしてイオを邪険に扱うことはないけれども、とくに相手をしてくれるわけでもない。ただ、ひたすらに自分のペースで走り回るのである。
 ラッキーはイオが目に入っていないようにふるまい、イオは自由に歩き回れるラッキーの後を必死になって追いかける。ラッキーはまるで広い公園のガイド役のようで、イオもそんな風に接しているように見えた。ある程度走り回ると、ラッキーがまだ走り回っていてもイオは私のところに戻ってきて、その日の遊びは終わるのである。

 イオの心のうちはよく分からなかったけれども、ラッキーへの恋心のようなものは感じられずに、割りとさばさばした遊びの先輩との付き合いふうなのであった。


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広瀬川の堤防を駆け上がる雪中訓練。こうして筋肉系乙女に。丈夫な足腰とすさまじい突進力は「悲劇の恋」のもととなる。 (2001/1/12)


 初恋の相手は、人も犬もたくさん集まるその公園ではなく、民家から遠く離れた山沿いの早朝の広場である。

 (続く)


[1] 「くあんおん 水原紫苑歌集」(河出書房新社 1999年) p. 181。
[2] 「シーズーぎらひ」HP『ブリコラージュ@川内川前叢茅辺』



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114歳の日々: 1年ぶりに教会へ


 5月晴れの日曜日、1年ぶりに教会に行ってきました。じつはもっと早く行く予定だったのですが、教会員の中にインフルエンザにかかっている人がいるという知らせがあって、日延べしていました。


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いつもなら朝食後に食卓に座ったままひと眠りする時間で、なかなか目が明きません。(2018/5/20 9:57)


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車椅子で少し揺られたら、すこし目覚めたようです。これから車に乗ります。(2018/5/20 10:03)


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なぜか車に乗っているときは飴玉を舐めるというのが習慣化しています。飴を口に入れたら出発です。(2018/5/20 10:05)


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教会の玄関前です。車に揺られてまた眠ってしまいました。(2018/5/20 10:26)


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教会で大勢の方にご挨拶いただきました。疲れたと思いますが、目はパッチリです。(2018/5/20 12:27)


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帰りの車の中、しきりにお金のことを気にしています。どうもタクシーか何かに乗ったと思い込んでいるようです。家の中の私しか見ていないので、帽子を被った私をタクシーの運転手と思い込んだようです。
自宅に着いて車椅子に移った後、私に向かって「おいくらですか」と聞いてきました。妻が、「うちの車だからただなのよ」と言い聞かせますが、納得しないようでした。
家に入り、おばあちゃんの部屋まで車椅子を押して行った私(帽子はもう脱いでいる)を見た後はもう何も言いません。



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イオのアルバムから 「2008/4/2 戸神山」

 戸神山は、仙台の西方、市中心部と奥羽山地の中間ほどに位置する標高504mの山です。男戸神(504m)、女戸神(470m)の二つの峰が並んでいます。
 4月初め、ショウジョウバカマ、マンサク、シュンランなどが咲く山道で春の日差しを楽しんできた日の思い出です。

 正月4日にイオが死んでから4ヶ月、ようやくイオの写真をゆっくり眺められるようになりました。しばらくは、そこからピックアップした写真を掲載することにします。


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プロフィール

小野寺秀也

Author:小野寺秀也
山歩き、アユ釣り、ヤマメ釣り、山菜採り、茸狩り、花いじり、読書、美術館巡り、街歩き、などが趣味。加えて、犬と遊ぶこと、ぼんやりしているのも趣味の一つです。最近は、原発事故による放射能汚染で魚、山菜、茸は諦めています。

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