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114歳の日々:ちょっとお疲れモードの敬老の日

 今日は敬老の日、午前9時に郡和子仙台市長が来宅され、お祝いをしていただきました。今日の時点で、世界で5番目、日本で3番目の長寿ということがウィキペデイアに出ていました。

 大勢の取材陣に緊張しっぱなしだったためか、それとも朝食後で眠くなったせいか、いつにもましてとっても無口で、お祝いの堤焼の大皿を贈られたときに2度ほど「ありがとう」と口にしただけでした。

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 午後からは、町内会のお二人の副会長さんがお花を持ってお祝いに来てくださいました。昨年までは町内会長さんがお出でくださっていましたが、今年から私が会長を引き継いだので、とても面はゆい感じでお二人をお迎えしました。

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イオのアルバムから:「最後から2番目の恋?」

【この記事は5年前に別のブログに投稿したものの再掲です】


 『最後から二番目の恋』というテレビドラマがあった。ちらっとしか見たことはないが、いいタイトルだと思った。老いたひとりが恋をしたとして、それを最後の恋と考えるよりも、最後から2番目の恋として未来にある余地、ある場所を残しておく方がずっと良い。
 昨年の9月、イオは12才になった。十分な年齢である。富岡多恵子の詩にこういうのがある。

  犬の一年はヒトの七年とか八年とか言われています
  茶色の犬は生まれて二年の間に
  わたしの十五,六年を行きました
  わたしはハタチすぎから今日まで
  茶色の犬の二年分ぐらいしか生きなかったのです

               富岡多恵子「年齢」部分 [1]

 7年としたら、イオは84才相当ということになる。犬に関する本では犬の1年が人間の4年ほどに相当するという説があって、そうであれば、ほぼ50才相当である。上の詩にはもちろん文学的誇張があるのだが、いずれにしても犬は駆け足で生を過ぎてゆく。
 だが、現在のイオは若い牡犬に夢中である。昨年あたりから見かけるようになったバロンという名の8才も年下のボーダーコリーである。
 イオにも私にもボーダーコリー経験はほとんどない。唯一の例は、ボーダーコリー2匹とミニチュアダックスを連れ歩いているご夫婦と出会うことである。この3匹はイオを見つけると遠くから吠えまくるので、たぶんイオも私もボーダーコリーの性格をそんなものと考えていた(たぶん、誤解なのだが)。後でバロンの飼い主さんに聞いた話では、そのボーダーコリーはしつけの学校でバロンと一緒だったのだが、バロンとも「天敵同士」のように仲が悪いのだという。

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飼い主さんに気を遣いながらバロンに駆け寄るイオ。 (2012/3/11) 

 昨年くらいからバロンと出会うようになり、そのたびにイオが落ち着かなくなるのだった。ボーダーコリーのイメージが良くなかったこともあって、イオは嫌がっているのではないかと思って避けるようにしていたのだが、どうも様子がおかしい。イオがしきりに鼻を鳴らすのである。そばに行きたいということらしいので、おそるおそる近づいて挨拶をすると、イオは大はしゃぎでバロンに絡みつくのだった。
 イオは、遠くからバロンを眺めては恋い焦がれていたらしい。その年でそんなにはしゃぐのか、と飼い主が恥ずかしくなるほどの興奮ぶりなのだ。バロンの飼い主さんが、イオの年齢を聞いて「げんきですねぇ」と驚いて(たぶん、あきれて)いた。

  年々に滅びて且つは鮮しき花の原型はわがうちにあり
                      中条ふみ子 [2]

 誰かを恋するに年齢は関係ないか、咲くべき花の原型はずっとイオの心の内にあったのだ、などと思い直した。それからはせめてもの飼い主のつとめとして、バロンと出会える確率の高い散歩コースと時間帯を選ぶようにしているのである。

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ゆったりとした態度でバロンも相手をしてくれる。 (2012/3/11)

 バロンという犬は、イオと私のなかにあったボーダーコリー観を一変させた。じつに穏やかな性格の犬で、はじめはまとわりつくイオにずいぶんと戸惑っていたが、静かに相手をしてくれるようになった。どっちが年上か分からないのである。
 まだ1才にもならないキャバリアや黒シバの子犬とも出会うのだが、バロンは丁寧に相手をしているのである。イオといえば、若いときのように子犬とじゃれ合うということはなくなって、まとわりつく子犬から逃げ回るばかりなのだ。恋をするほど若いのか、子犬の相手が面倒になるほど老いたのか、よくわからない。
 イオは、リードを離せる場所ではスィッチが入ったように駆け回ることもあるのだが、散歩の途中で歩きたくないという素振りを見せることが多くなった。飼い主としてはどの程度の運動量が適切なのか、迷っている状態である。
  立ち止まって、もう嫌だね、という表情をしたときは、遠くを見て「おっ、バロンだ」と言うととたんに張り切って歩き出す。もちろん、バロンと会った後、しばらくの間は溌溂として元気に歩くのだが、長くは続かない。
 2、3才の頃、サブちゃんという牡犬と激しく興奮して転げ回ったが、バロンとも同じように遊びたいと思っているらしい。夢中になりすぎてサブちゃんに激突してしまい、ふられてしまったことを忘れたのか。イオよりも年老いた飼い主は、12才になったのだから静かな大人の恋はどうですか、などと余計なことを考えてしまう。

   交りは淡く淡くと思へども火腫れ戻りてくたりと坐る
                      河野裕子 [3]

 [1] 『富岡多恵子集1』(筑摩書房 1999年)p.414。
 [2] 『現代歌人文庫4 中条ふみ子歌集』(国文社 1981年)p. 38。
 [3] 河野裕子『歌集 家』(短歌研究社 2000年)p.39。




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114歳の日々:リハビリ体操--超不機嫌バージョン(2)


 先日投稿したリハビリ体操の後半部分で、手指の運動です。ご機嫌斜めは最後まで続きましたが、リハビリ運動後は大好きな肩もみをしてもらって満足気でした。

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 リハビリは、毎週月曜日の夕方に行っています。不機嫌なことはほとんどないのですが、たまたま撮影日にぶつかってしまいました。翌週は私が留守だったのですが、「今日はとっても機嫌よかったわよ」と妻が報告してくれました。



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イオのアルバムから:「幼なじみも逝って」

【この記事は5年前に別のブログに投稿したものの再掲です】


  花冠りも 墓碑もない
  遊戯に似た
  懸命な死を死んだ
  ぼくたちの青春の死者たちは もう
  強い匂いのする草と甲虫の犇きを
  もちあげることができないだろう。

     長田弘「われら新鮮な旅人」部分 [1]

 イオが2才のとき、生後6ヶ月くらいのコジロウに初めて出会った。朝の散歩で以前から会うことがあって挨拶を交わすようになっていたご夫婦がコジロウを連れてやってきたのである。
 コジロウはまだイオより少しばかり体が小さい。じゃれ合うようにして2匹は遊ぶのだが、イオの早くて激しい動きをときどき怖がっているようだった。遊びたいけど少し乱暴な年上女は怖い、というのはよくありそうなことだ。イオはイオでまるっきり姉さん気取りで、しつけをするつもりか、ときどき威嚇したりするものだから、コジロウの遠慮は続くのだった。

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   イオに尻込みをするコジロウ。 (2003/9/4) 

 1才をすぎるころ、コジロウの体格はイオを上回り始める。そして、イオの態度が一変する。出会うと、威嚇して暴力的に屈服させようとする。いわば、自分の体格を超えて立派な牡に成長していくコジロウに、それまでの序列を維持しようと躍起になっていたらしい。
 そんなイオをコジロウは歯牙にもかけないというような態度で悠然と振る舞う。たぶん、それでイオはますます焦ってしまうらしく、激しく挑みかかるのである。

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   イオより大きくなって。 (2004/5/9) 

 会うたびにけんかを売るようでは困るので、おやつで何とかしようということになった。遠くからコジロウがやってくるのが見えると、「おはよう、おはようだよ」と言い聞かせる。できるだけ心を平静にするような声がけをして、小次郎と出会ってもできるだけ短時間で分かれるようにする。だから、ほとんどすれ違いのように通り過ぎるようにした。吠えかかるチャンスを少なくしたのだ。
 そして、とにかく吠えなければ、ご褒美としておやつをやる、というわけである。うなったり、吠えたりしたらおやつはやらない。この繰り返しで、何とか吠えかかったりしなくなり、以前と同じように遊ぶようになった。ただし、姉と弟という感じの関係はすっかり影を潜めて、リーダーの牡犬に付き従う従順な牝犬という風情なのである。

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  挨拶。 (2005/5/4) 

 しかし、それを機会にイオは新しい習慣を手に入れたのだった。コジロウとの仲が以前のように戻ってからも、コジロウと会えば「おはよう、おはようだよ」とイオに言い聞かせ、おやつをやる習慣は残ったのだが、イオはそれを「おはよう=おやつ」と理解したのである(らしい)。
 散歩の途中では、いろいろな散歩人と出会う。当然のように、たがいに「おはようございます」と挨拶を交わす人が多い。そのたびにイオはしっぽを振って私の前に回り、通せんぼをしながらおやつを要求するようになった。

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   微妙な関係のクッキーと。(2003/8/29)

 同じコースを散歩する立派な白髭を蓄えたおじいさんとクッキーという犬がいた(その人の娘さんが飼い主ということだったので、クッキーのおじいさんと呼ぶことにする)。イオとほとんど同じ頃の生れで、体格もほぼ同等、微妙なライバル関係にある牝犬である。
 出会えば2匹は夢中になって駆け寄ろうとするのだが、イオはおじいさんを、クッキーは私をめがけて走り寄ろうとするだけなのだ。私はクッキーに、おじいさんはイオにときどきはおやつをやっていたという単純な理由からである。

 そのクッキーがコジロウに恋をしたらしい。散歩コースでコジロウに先に出会い、しばらくしてクッキーに出会うときがあって(コジロウとクッキーは、イオとは反対回りにコースを歩いていた)、「いま、コジロウ君に会いましたよ」などと言おうものなら、クッキーがそわそわしはじめて私のおやつなどに見向きもしなくなる。そして、おじいさんを急かせてコジロウの後を追おうとするのである。「コジロウを見かけるといつもそうなって、この年で早足は大変」とおじいさんはにこにこしてはいたのだが。

 でも、イオにとってクッキーは恋のライバルではなかったようだ。その頃、イオはサブちゃんという犬に夢中だったし、コジロウとはどちらかと言えば「幼なじみ」という感じのつきあいだった。クッキーの恋の行方はわからない、というより今に至るまで確かめたことはない。

 コジロウが3才を過ぎた頃から、朝の散歩で出会うことが急激に少なくなった。コジロウの自宅に一番近い公園でたまたま見かけたとき、「最近はあまり遠くに出かけない」と飼い主さんがいう。テンカンのような症状が出て突然倒れるようになったということだった。時間がたてばすっかりよくなるのだが、心配なので散歩は近場を少しだけだという。

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  コジロウ:すっかり貫禄ある牡犬になって。 (2009/4/12) 

 たまにしかコジロウとは会えなくなったが、病院から薬をもらっていて、何事もなく元気でいることはたまに会う様子で分かっていた。コジロウはもともと性格が穏和な犬で、ますますゆったりとした風格のある姿になっていくのだった。

 平成11年の暮れ近く、コジロウの飼い主さんが一人で散歩しているのを見かけて尋ねると、コジロウは2ヶ月前に亡くなったという。病気持ちだったが、突然の死だったという。8年の生涯だった。

 この詩を、イオに優しくしてくれたコジロウに。

  やはらかく
  ゆっくりと
  ゆるんで

  もう 泣いてもいいのですよ
  泣きながら 眠ってもいいのですよ
  白い花のかげで うとうとと

  やさしさの
  深い 疲れを

         吉原幸子「虚像」部分 [2]

 この短歌を、コジロウの飼い主にさんに。

  連れ歩む犬ももう無し裏山を日向づたひに落葉ふみゆく
                    河野裕子 [3]


  [1] 長田弘『詩集 われら新鮮な旅人』(思潮社 1965年) p.107。
  [2] 『吉原幸子全詩 II』(思潮社 1981年) p.294。
  [3] 河野裕子『歌集 家』(短歌研究社 2000年)p.98。




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114歳の日々:リハビリ体操--超不機嫌バージョン(1)


 義母は2009年12月、105歳のとき、大腿骨の骨折で2ヶ月ほど入院しました。いつ、どこで、どんなふうに骨折したのか全く分からなかったのですが、それ以来、週1回のリハビリを受けています。
 先生の指導にしたがってやるのですが、ときどきは目をつぶったまま(半分居眠りしながら)手足を動かすこともありますが、この日は直前の昼寝の夢見が悪かったらしく、とても不機嫌なままでの体操でした。
 下半身の運動の様子です。

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このあと、手、腕の運動と続きます。


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プロフィール

小野寺秀也

Author:小野寺秀也
山歩き、アユ釣り、ヤマメ釣り、山菜採り、茸狩り、花いじり、読書、美術館巡り、街歩き、などが趣味。加えて、犬と遊ぶこと、ぼんやりしているのも趣味の一つです。最近は、原発事故による放射能汚染で魚、山菜、茸は諦めています。

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