イオのアルバムから:「幼なじみも逝って」

【この記事は5年前に別のブログに投稿したものの再掲です】


  花冠りも 墓碑もない
  遊戯に似た
  懸命な死を死んだ
  ぼくたちの青春の死者たちは もう
  強い匂いのする草と甲虫の犇きを
  もちあげることができないだろう。

     長田弘「われら新鮮な旅人」部分 [1]

 イオが2才のとき、生後6ヶ月くらいのコジロウに初めて出会った。朝の散歩で以前から会うことがあって挨拶を交わすようになっていたご夫婦がコジロウを連れてやってきたのである。
 コジロウはまだイオより少しばかり体が小さい。じゃれ合うようにして2匹は遊ぶのだが、イオの早くて激しい動きをときどき怖がっているようだった。遊びたいけど少し乱暴な年上女は怖い、というのはよくありそうなことだ。イオはイオでまるっきり姉さん気取りで、しつけをするつもりか、ときどき威嚇したりするものだから、コジロウの遠慮は続くのだった。

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   イオに尻込みをするコジロウ。 (2003/9/4) 

 1才をすぎるころ、コジロウの体格はイオを上回り始める。そして、イオの態度が一変する。出会うと、威嚇して暴力的に屈服させようとする。いわば、自分の体格を超えて立派な牡に成長していくコジロウに、それまでの序列を維持しようと躍起になっていたらしい。
 そんなイオをコジロウは歯牙にもかけないというような態度で悠然と振る舞う。たぶん、それでイオはますます焦ってしまうらしく、激しく挑みかかるのである。

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   イオより大きくなって。 (2004/5/9) 

 会うたびにけんかを売るようでは困るので、おやつで何とかしようということになった。遠くからコジロウがやってくるのが見えると、「おはよう、おはようだよ」と言い聞かせる。できるだけ心を平静にするような声がけをして、小次郎と出会ってもできるだけ短時間で分かれるようにする。だから、ほとんどすれ違いのように通り過ぎるようにした。吠えかかるチャンスを少なくしたのだ。
 そして、とにかく吠えなければ、ご褒美としておやつをやる、というわけである。うなったり、吠えたりしたらおやつはやらない。この繰り返しで、何とか吠えかかったりしなくなり、以前と同じように遊ぶようになった。ただし、姉と弟という感じの関係はすっかり影を潜めて、リーダーの牡犬に付き従う従順な牝犬という風情なのである。

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  挨拶。 (2005/5/4) 

 しかし、それを機会にイオは新しい習慣を手に入れたのだった。コジロウとの仲が以前のように戻ってからも、コジロウと会えば「おはよう、おはようだよ」とイオに言い聞かせ、おやつをやる習慣は残ったのだが、イオはそれを「おはよう=おやつ」と理解したのである(らしい)。
 散歩の途中では、いろいろな散歩人と出会う。当然のように、たがいに「おはようございます」と挨拶を交わす人が多い。そのたびにイオはしっぽを振って私の前に回り、通せんぼをしながらおやつを要求するようになった。

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   微妙な関係のクッキーと。(2003/8/29)

 同じコースを散歩する立派な白髭を蓄えたおじいさんとクッキーという犬がいた(その人の娘さんが飼い主ということだったので、クッキーのおじいさんと呼ぶことにする)。イオとほとんど同じ頃の生れで、体格もほぼ同等、微妙なライバル関係にある牝犬である。
 出会えば2匹は夢中になって駆け寄ろうとするのだが、イオはおじいさんを、クッキーは私をめがけて走り寄ろうとするだけなのだ。私はクッキーに、おじいさんはイオにときどきはおやつをやっていたという単純な理由からである。

 そのクッキーがコジロウに恋をしたらしい。散歩コースでコジロウに先に出会い、しばらくしてクッキーに出会うときがあって(コジロウとクッキーは、イオとは反対回りにコースを歩いていた)、「いま、コジロウ君に会いましたよ」などと言おうものなら、クッキーがそわそわしはじめて私のおやつなどに見向きもしなくなる。そして、おじいさんを急かせてコジロウの後を追おうとするのである。「コジロウを見かけるといつもそうなって、この年で早足は大変」とおじいさんはにこにこしてはいたのだが。

 でも、イオにとってクッキーは恋のライバルではなかったようだ。その頃、イオはサブちゃんという犬に夢中だったし、コジロウとはどちらかと言えば「幼なじみ」という感じのつきあいだった。クッキーの恋の行方はわからない、というより今に至るまで確かめたことはない。

 コジロウが3才を過ぎた頃から、朝の散歩で出会うことが急激に少なくなった。コジロウの自宅に一番近い公園でたまたま見かけたとき、「最近はあまり遠くに出かけない」と飼い主さんがいう。テンカンのような症状が出て突然倒れるようになったということだった。時間がたてばすっかりよくなるのだが、心配なので散歩は近場を少しだけだという。

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  コジロウ:すっかり貫禄ある牡犬になって。 (2009/4/12) 

 たまにしかコジロウとは会えなくなったが、病院から薬をもらっていて、何事もなく元気でいることはたまに会う様子で分かっていた。コジロウはもともと性格が穏和な犬で、ますますゆったりとした風格のある姿になっていくのだった。

 平成11年の暮れ近く、コジロウの飼い主さんが一人で散歩しているのを見かけて尋ねると、コジロウは2ヶ月前に亡くなったという。病気持ちだったが、突然の死だったという。8年の生涯だった。

 この詩を、イオに優しくしてくれたコジロウに。

  やはらかく
  ゆっくりと
  ゆるんで

  もう 泣いてもいいのですよ
  泣きながら 眠ってもいいのですよ
  白い花のかげで うとうとと

  やさしさの
  深い 疲れを

         吉原幸子「虚像」部分 [2]

 この短歌を、コジロウの飼い主にさんに。

  連れ歩む犬ももう無し裏山を日向づたひに落葉ふみゆく
                    河野裕子 [3]


  [1] 長田弘『詩集 われら新鮮な旅人』(思潮社 1965年) p.107。
  [2] 『吉原幸子全詩 II』(思潮社 1981年) p.294。
  [3] 河野裕子『歌集 家』(短歌研究社 2000年)p.98。




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114歳の日々:リハビリ体操--超不機嫌バージョン(1)


 義母は2009年12月、105歳のとき、大腿骨の骨折で2ヶ月ほど入院しました。いつ、どこで、どんなふうに骨折したのか全く分からなかったのですが、それ以来、週1回のリハビリを受けています。
 先生の指導にしたがってやるのですが、ときどきは目をつぶったまま(半分居眠りしながら)手足を動かすこともありますが、この日は直前の昼寝の夢見が悪かったらしく、とても不機嫌なままでの体操でした。
 下半身の運動の様子です。

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このあと、手、腕の運動と続きます。


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イオのアルバムから:「激しく、短く(イオの恋)」

【この記事は5年前に別のブログに投稿したものの再掲です】


   呼吸(いき)合はせ歩きゐるなり人と犬犬たちは皆尻尾をあげて
                        河野裕子 [1]

 イオが2才から3才になる頃、「サブちゃん」という同い年の牡犬、「コロ」という牡の老犬に朝の散歩で出会うようになった。仙台城址近くの民家から離れたている広場に、3方向から集まるように、その広場をそれぞれの散歩コースに組み込んでいた。

 コロは飼い主も含め、「コロ」と呼んだり「コロちゃん」と呼んだりするのでコロという名前だと知れたが、サブちゃんは誰もが「サブちゃん」と呼ぶので、「サブ」、「サブ××」なのか、「サブちゃん」そのものが名前なのか、じつは今でも分からないのである。

 コロは泰然自若としているやや大型の柴犬で、大人というものはこういうものだということを振る舞いで示しているような犬だった。サブちゃんとイオは、出会えばはしゃぎ回るような挨拶をするのだが、コロは鼻面をちょっと近づけておしまいである。


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ロのお父さんにおねだり(遠慮して前肢を触れないように)。 (2003/8/23)

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サブちゃんのお母さんにお愛想。 (2003/9/4)


 コロよりずっと若いサブちゃんとイオは大はしゃぎでじゃれ合っている。しばらくは追いかけっこをし、時々は山の端の藪に2匹で突っ込んでいく。コロはしばらく静かに2匹を眺めてから先に引き上げていく。

 2匹の藪遊びは、ある程度の時間がたてば終わるのだが、時にはイオだけが帰ってくることがある。サブちゃんは藪中の遊びが好きなようで、お母さんが呼んでも出てこないことがあった。お母さんが怒ってしまって、先に自宅に戻ってしまったことは1度だけではない。その広場からは山裾伝いに自宅に戻れるので、お母さんは心配していないようなのだ。


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激しく絡み合って。 (2003/10/19) 

    朝光を走る磨かれた凡な犬 
              金子兜太 [2]

  サブちゃんとイオの遊びは、全力疾走しながら絡み合い、転げ回り、また全力疾走なのである。サブちゃんと出会って挨拶を交わしているうちに、イオに突然スイッチが入って駆け出すのが合図のように遊びが始まる。
  遊びのきっかけはイオが作り、遊びが始まればサブちゃんが遊び場を決めているようで、結局は藪遊びに誘われるのだった。


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元旦に出会って、行儀良く待つ。 (2004/1/1) 

 イオはとにかくサブちゃんに夢中だったのである。サブちゃんはといえば、激しい遊びにもつきあってくれるが、藪の中へイオを引き連れて入って行ったあと、イオが飼い主を気遣って藪から戻ってきても平気で一人遊びをしているらしかった。もしかすると、遊ぶのが好きなだけでイオには淡々としていたのかも知れない。
 それでも私としては、あれはイオの恋だったと思いたいのである。あの切実な表情はそんなに見られる訳ではなかったのだ。

 サブちゃんの自宅は、太平洋戦争後に仙台空襲の被災者や外地からの引き揚げ者のための住宅地として仙台市の公有地である仙台城址の麓に造られた住宅街である。戦後、50年ほど過ぎてから公園用地とするために市が立ち退きを迫っていて、ぽつぽつと引っ越しが始まっていた。サブちゃんの家でも近いうちに引っ越すのだと聞いていた。

 出会いから1年ほど過ぎて、しばらく会えなくなった。サブちゃんのお母さんも仕事を持っていて、たぶん散歩の時間帯が変わったのだろう。久しぶりに出会ったのは、ある年の元旦である。まずは、お年玉だよと言って、サブちゃんのお母さんがおやつを振る舞う (写真) 。
 それから近くの広場に移動して、いつものように遊ぶ。ところが、絡み合って遊んでいるうちに異様に興奮したイオは、全力疾走したままサブちゃんに体当たりをしてしまった。当然のように強打したサブちゃんは甲高い悲鳴を上げて逃げてしまった。それっきりイオに近づこうとしない。恐れをなしてしまったのだ。

 2、3日後にまた会ったが、サブちゃんはイオから微妙に距離をとっている。イオは不満そうに鼻を鳴らすのだが、じゃれ合って遊ぶ様子はさらさら見せない。イオの暴力遊戯がトラウマになって、イオはふられてしまったらしいのだ。

 いつか元に戻るでしょうね、などとサブちゃんのお母さんと笑いながら話していたのだったが、激突事件から3週間ほどでサブちゃんは引っ越して行ってしまった。

  突然のお別れで、イオの恋は終ったのである。

     おもひ栄え大暑無言の別れかな
                   佐藤鬼房 [3]
    

[1] 河野裕子「季(とき)の栞 河野裕子歌集」(雁書館 2004年)p. 157。
[2]「金子兜太集 第一巻」(筑摩書房 平成14年)p. 147。
[3]「現代俳人文庫10 佐藤鬼房句集」(砂子屋書房 1999年)p. 70。




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イオのアルバムから:「恋はまだまだずっと先」

【この記事は6年前に別のブログに投稿したものの再掲です】


   透きとほる扉の向う詩を愛する犬たちがゐる夏のしづけさ
                          水原紫苑 [1]

 イオは牝犬である。生後6ヶ月くらい、初潮の頃に避妊手術をしたが、それでも正しく女である。女として生まれでて、つまり生物学的な性は女で、ボーヴォワールではないけれども、成長しつつジェンダーとしての女に育ち、そしてそのセクシュアリティはヘテロである。
 したがって、当然のことながら、イオは牡犬に恋をするのである。

 じつのところ、イオの初恋はどれなのか判断する根拠はない。人間よりは行動パターンは読みやすいような気はするものの、「淡い初恋」などということになったら、分かりようがない。考えてみれば、自分の初恋がどれで、どんなふうだったのか、それすら判然としていない私が考えるのだから、あいまいなこと極まりない。

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恋どころか、まだ赤ちゃん(生後3か月)。新聞を囓り散らし、次はお気に入りの人形。 (2000/12/2) 


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人形に飽きて、ブラシの柄。 (2000/12/18)


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浴室から盗んできた湯桶(翌日、新品購入)。(2001/1/1)


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1mのただの木の棒(これが1番の気に入り)。 (2000/12/3)


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ワインだって囓るのだ。 (2000/12/9)


 イオの最初の異性との出会いは、シーズーの「マーくん」である。生後4ヶ月くらいで出会って、すぐにイオの方の体が大きくなったのだが、マーくんはいつも兄貴ぶって威張っていた。マーくんの後をついてまわっていたのは確かだが、初恋とは程遠かったのではなかろうか。それは、どちらかと言えば、成犬になるにしたがってシーズー嫌いになるような、なにか複雑な気持ちで付き従っていたようなのであった [2]。

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まだテーブルのうえには届かない。1ヶ月後にはほぼ制覇。(2000/12/2)


 同じ頃、たまにしか遭えなかったが、「ラッキー」という元気な牡犬がいた。成長した後のイオと同じ位の体格で、似たような毛並みをした雑種犬である。

 隻腕の飼い主と公園にやってくるラッキーは、もちろんリードに繋がれているのだが、まだ薄闇の「かわたれどき」に出会ったときには、ラッキーは広い公園を隅々まで走り回っているのであった。飼い主さんは、どうもラッキーを自由に走り回らせるために、誰もいない時間帯に出かけて来るらしいのである。

 職場の飲み会があって帰りの遅くなった私が、帰宅しようと夜中の一時半くらいに公園を横切ると、三人の人影のまわりを走り回るラッキーがいた。一人は飼い主さんで、もう一人は仕事帰りの中華飯店の若い経営者、もう一人はその公園を「ホーム」にしているホームレスの一人であった。その三人に酔っ払いの私が加わって、ラッキーと一緒に遊ぶ、そんなこともあった。


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炬燵の周りでの寝姿。長々と (2000/12/20)。


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炬燵の周りでの寝姿。大股開きで (2001/1/31)。


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炬燵の周りでの寝姿。膝の上、両方とも熟睡 (2000/12/4)


 時間帯を狙い澄まして現れては公園を駆け回るラッキーに出会うことができたときには、イオは必死になってその後を追いかけるのである。ラッキーは、けっしてイオを邪険に扱うことはないけれども、とくに相手をしてくれるわけでもない。ただ、ひたすらに自分のペースで走り回るのである。
 ラッキーはイオが目に入っていないようにふるまい、イオは自由に歩き回れるラッキーの後を必死になって追いかける。ラッキーはまるで広い公園のガイド役のようで、イオもそんな風に接しているように見えた。ある程度走り回ると、ラッキーがまだ走り回っていてもイオは私のところに戻ってきて、その日の遊びは終わるのである。

 イオの心のうちはよく分からなかったけれども、ラッキーへの恋心のようなものは感じられずに、割りとさばさばした遊びの先輩との付き合いふうなのであった。


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広瀬川の堤防を駆け上がる雪中訓練。こうして筋肉系乙女に。丈夫な足腰とすさまじい突進力は「悲劇の恋」のもととなる。 (2001/1/12)


 初恋の相手は、人も犬もたくさん集まるその公園ではなく、民家から遠く離れた山沿いの早朝の広場である。

 (続く)


[1] 「くあんおん 水原紫苑歌集」(河出書房新社 1999年) p. 181。
[2] 「シーズーぎらひ」HP『ブリコラージュ@川内川前叢茅辺』



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114歳の日々: 1年ぶりに教会へ


 5月晴れの日曜日、1年ぶりに教会に行ってきました。じつはもっと早く行く予定だったのですが、教会員の中にインフルエンザにかかっている人がいるという知らせがあって、日延べしていました。


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いつもなら朝食後に食卓に座ったままひと眠りする時間で、なかなか目が明きません。(2018/5/20 9:57)


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車椅子で少し揺られたら、すこし目覚めたようです。これから車に乗ります。(2018/5/20 10:03)


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なぜか車に乗っているときは飴玉を舐めるというのが習慣化しています。飴を口に入れたら出発です。(2018/5/20 10:05)


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教会の玄関前です。車に揺られてまた眠ってしまいました。(2018/5/20 10:26)


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教会で大勢の方にご挨拶いただきました。疲れたと思いますが、目はパッチリです。(2018/5/20 12:27)


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帰りの車の中、しきりにお金のことを気にしています。どうもタクシーか何かに乗ったと思い込んでいるようです。家の中の私しか見ていないので、帽子を被った私をタクシーの運転手と思い込んだようです。
自宅に着いて車椅子に移った後、私に向かって「おいくらですか」と聞いてきました。妻が、「うちの車だからただなのよ」と言い聞かせますが、納得しないようでした。
家に入り、おばあちゃんの部屋まで車椅子を押して行った私(帽子はもう脱いでいる)を見た後はもう何も言いません。



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プロフィール

小野寺秀也

Author:小野寺秀也
山歩き、アユ釣り、ヤマメ釣り、山菜採り、茸狩り、花いじり、読書、美術館巡り、街歩き、などが趣味。加えて、犬と遊ぶこと、ぼんやりしているのも趣味の一つです。最近は、原発事故による放射能汚染で魚、山菜、茸は諦めています。

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